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東京地方裁判所 昭和63年(行ウ)70号 判決 1989年7月26日

東京都足立区梅島一丁目二九番五号

原告

文彰寺

右代表者代表役員

會谷健一

右訴訟代理人弁護士

今泉政信

東京都足立区栗原三丁目一〇番一六号

被告

西新井税務署長

富田忠雄

右指定代理人

堀内明

安達繁

村田太一郎

白石信明

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六一年一二月二六日付けで原告に対してした源泉徴収所得税の納税の告知及び不納付加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、原告に対し、別紙区分1記載のとおり源泉所得税の納税の告知(以下「本件告知処分」という。)及び不納付加算税賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)をした。

2  これに対し、原告は、別紙区分2及び4記載のとおり不服申立てをしたが、いずれも別紙区分3及び5記載のとおり棄却された。

3  しかし、本件告知処分は、原告が原告の住職(代表役員)である會谷健一(以下「會谷住職」という。)に対してした金員の貸付けを誤って賞与の支給と認定したことに基づく違法なものであり、本件告知処分を前提とする本件賦課決定も違法であるから、原告は、本件告知処分及び本件賦課決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の主張は争う

三  被告の主張

1  本件入金

原告は、かねて野村証券株式会社千住支店から投資信託を購入して所有していたところ、昭和六一年三月中にその一部(以下「本件投資信託」という。)を売却し、その代金合計二六五三万一七二四円のうち、同月二六日に一〇八四万五六〇〇円を、同月三一日に五〇〇万円を、いずれも平和相互銀行梅島支店(現在は住友銀行梅島支店)の會谷住職名義の普通預金口座に入金した(以下、右の合計一五八四万五六〇〇円の入金を「本件入金」という。)。右の會谷住職名義の普通預金口座は會谷住職個人の預金口座であるところ、會谷住職は、昭和六一年四月二七日に行われた會谷住職の結婚披露宴等の私的な費用の支払に本件入金を充てた。

2  原告の主張について

原告は、本件入金は、原告から會谷住職に対する貸付けであると主張しているが、以下の理由により右主張は理由がない。

(一) 被告は、昭和六一年九月一六日に本件処分に係る調査に着手したところ、その際に原告から提示された原告の昭和六〇年四月一日から昭和六一年三月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の総勘定元帳、月別決算総括表、決算書及び財産目録には、当該事業年度中に行われた本件投資信託の売却の事実やその売却代金を原告が會谷住職に貸し付けたことについて記載はなかった。

(二) 原告は、本件処分にかかる調査の際にその主張事実を裏付ける資料として、會谷住職に対する結婚資金の貸付けを承認する旨の記載がある昭和六〇年一一月三日付けの原告の会議録(以下「本件会議録」という。)を提示したが、本件会議録に係る会議は実際には開催されていない。

(三) 原告は、同様に、本件処分に係る調査の際に原告の會谷住職に対する貸付けの事実を証明する資料として會谷住職名義の金銭借用証書(以下「本件借用証書」という。)を提示したが、右掲示は調査着手後しばらく経過してからのことであって、本件借用証書は調査着手後に作成されたものと認められ、しかも作成年月日、貸主及び利率の記載がないものであった。

なお、會谷住職は、本件処分に係る異議申立て後に、本件借用証書の作成年月日欄に、「昭和六一年四月一日」と、貸主欄に「宗教法人文彰寺」と、それぞれ追加記入している。

(四) 宗教法人文彰寺規則によれば、原告の事務所は責任役員の定数の三分の二以上で決することとされ、原告が所有する不動産、有価証券、現金及び預金は基本財産として、その貸付け、交換等やこれらに対する原告以外の者の私権の設定には総代の同意を得なければならず、また、代表役員と原告の利益が相反する事項について代表役員は代表権を有しないで、この場合には、責任役員及び総代の合議によって仮代表役員を選定することになっているところ、本件入金に関しては以上の手続が全く取られていない。

3  本件入金を賞与と認定した根拠

原告においては先代住職の時代から住職に対する給与ないし賞与の額の決定、変更及び支払に関する事項に関しては、原告の規則に準拠せず、事実上住職が一人で決していたところ、本件投資信託の売却や本件入金も會谷住職が自己の結婚資金に充てる目的で一人で決定して行ったもので、しかも右1に述べたとおり本件入金は會谷住職の結婚披露宴等の私的な費用に充てられたのであるから、本件入金により原告から會谷住職に対してその金額の臨時的な給与(賞与)の支払があったものと認定するのが相当である。

4  本件告知処分の適法性

以上のように、本件入金は會谷住職に対する賞与の支払とみるべきであるから、所得税法一八三条一項により原告が納付すべき本件入金に係る源泉所得税額を同法一八六条二項一号により計算すると本件告知処分と同額の五〇九万七五一六円となるところ、原告は、同法二一六条に規定する納期の特例の承認を受けているので、その法定納期限である昭和六一年七月一〇日までに右源泉所得税を納付すべきであったのに、これを納付しなかった。そこで被告は国税通則法三六条一項に基づき本件告知処分を行ったものであるから、本件告知処分は適法である。

5  本件賦課決定の適法性

右4に述べたとおり、原告は本件入金に係る源泉所得税を法定納期限までに納付しなかったところ、国税通則法六七条一項の規定に基づき右の源泉所得税額五〇九万円(同法一一八条三項の規定により一万円未満切捨て。)に一〇〇分の一〇の割合を乗じて不納付加算税の額を算出すると五〇万九〇〇〇円となるから、これと同額を賦課した本件賦課決定は適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1(本件入金)は認める。

2  同2(原告の主張について)の(一)の事実のうち、調査の際に原告が提示した原告の本件事業年度の総勘定元帳に主張の記載がなかったことは認め、その余は否認する。右総勘定元帳に本件投資信託に関する事実が記入されていなかったのは、原告が依頼していた税理士の過誤によるもので、同元帳はまだ未整理であったのであり、被告の調査担当者も同元帳が未整理のものであることは了解していた。

(二)のうち、調査の際に原告が本件会議録を提示したことは認め、その余の事実は否認する。原告は、昭和六〇年一一月三日、原告方において、會谷住職の他、責任役員會谷正秀、総代堀口千枝子及び同奥村昌弘が出席して會谷住職に対する結婚資金の貸付けについて会議を開き、本件入金を上回る一七五五万一九四八円を會谷住職に貸し付けることを承認する旨の決議をしており、責任役員杉田武弘については、同月中に會谷住職が右の会議の会議録を持参し、趣旨を説明して署名押印を得た。

(三)のうち、調査の際に原告が本件借用証書を提出したこと、本件借用証書に利率の記載がないことは認め、その余の事実は否認する。利率の定めは消費貸借の有効要件ではない。

(四)のうち、宗教法人文彰寺規則に、主張の手続の定めがあること、仮代表役員の選任がされていないことは認め、その余の事実は否認する。右(二)の認否で述べたとおり、原告が會谷住職に結婚資金を貸し付けることについては責任役員の定数の三分の二以上の賛成及び総代の同意を得ている。仮代表役員は選任されていないが、代表役員である會谷住職の賛成を除いたとしても、責任役員の定数の三分の二以上の賛成を得ているのであるから、規則上貸付けには問題はない。

3  同3(本件入金を賞与と認定した根拠)は争う。

4  同4(本件告知処分の適法性)及び5(本件賦課決定の適法性)のうち、本件入金を賞与の支払と認定することは争うが、本件入金が賞与の支払だとした場合の源泉所得税及び不納付加算税の税額が、それぞれ本件告知処分及び本件賦課決定と同額となることは認める。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因事実について

請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  被告の主張について

1  被告の主張1(本件入金)について

被告の主張1(本件入金)の事実は当事者間に争いがない。

2  被告の主張2(原告の主張について)について

原告は、本件入金は原告の會谷住職に対する貸付けであると主張している。

まず、被告による調査の際に原告が提示した原告の本件事業年度の総勘定元帳に本件投資信託の売却及び右売却代金を會谷住職に貸し付けたとの事実について記載のないことは当事者間に争いがなく、原本の存在及びその成立に争いがない乙第二ないし第四号証並びに証人高橋篤弘の証言によれば、被告が昭和六一年九月一六日に本件処分に係る調査に着手したこと、その際原告が提示した原告の本件事業年度の月別決算総括表、決算書及び財産目録にも右事実について記載のないことが認められるのであって、仮に本件入金が貸付けであるとすれば、調査の際に示された総勘定元帳等の会計記録には当然その事実が記載されていて然るべきであるのに、貸付けの事実はもとより本件投資信託を売却した事実すら記載されていなかったというのは、貸付けの事実と相容れず、極めて不自然というほかはない。

この点について、原告は、総勘定元帳に本件投資信託の売却や會谷住職への貸付けの事実の記載がなかったのは依頼した税理士の過誤によるもので、右元帳はまだ未整理のものであると主張し、原告代表者尋問の結果中にも調査の際に被告の調査官に対しその旨説明したとの右主張に沿う部分がある。しかし、右調査の着手は先に述べたように昭和六一年九月一六日のことであって、本件事業年度の終了後五か月半も経た後のことであり、また、同尋問の結果及び証人高橋篤弘の証言によれば、原告の本件事業年度の決算の承認は右の調査に四か月以上も先立つ同年五月初めに行われたことが窺われるから、右元帳が未整理であったということはそれ自体不自然である。そして、このことと、調査の際には原告から総勘定元帳が未整理であるなどといった話はなかったとの証人高橋篤弘の証言とを合わせ考えると、原告代表者の右供述部分は、にわかにこれを措信することができない。

次に、原告代表者は、昭和六〇年一一月三日の文彰寺の報恩講の行事の際、出席した責任役員會谷正秀並びに総代堀口千枝子及び同奥村昌弘に、自己の結婚披露宴等のために原告の資金を借り入れること等について相談し、その後、昭和六一年三月初旬ころまでに、右借入れ等の詳細を記載した本件会議録を作成した上、これを會谷正秀、堀口千枝子及び奥村昌弘並びに右報恩講の行事に出席しなかった責任役員杉田武宏に示して各署名を得た旨供述し、原告及び會谷健一作成部分については成立に争いがなく、その余の者の作成部分については、その署名押印の真正について争いがないから全体が真正に成立したものと推定すべき甲第一号証(前掲乙第六号証の杉田武宏の供述記載中、甲第一号証の署名は白紙にした旨の部分は措信し難い。)によれば、昭和六〇年一一月三日付けで右の者らの署名のある本件会議録が存在することが認められる。しかしながら、原告代表者の右供述中、昭和六〇年一一月三日に責任役員及び総代に原告資金の借入れ等について相談をしたとの部分は、前掲乙第七号証の供述記載に照らしてにわかに措信し難く、また、本件会議録を昭和六一年三月初旬ころまでに作成したとの供述部分についても、これを裏付けるに足る的確な証拠がないのみならず、本件会議録に記載のある金額一七五五万一九四六円は、本件入金の額とも、本件投資信託の売却額ともまた後述の本件借用証書の金額とも一致せず、かつ結婚披露宴等(昭和六一年四月二七日行われたことは右1のとおりである。)の資金を事前に借り入れるにしては端数の付いた不自然な金額であることなどからすると、容易に措信するわけにはいかない。

そして、右に述べたところを考え合わせると、本件会議録は、税務調査の着手された同年九月一六日の直前に調査を予測して作成されたものであると推認できるものであって、これをもって貸付けの事実を認定する証拠とするわけにはいかない。

また、右の調査の際に原告が本件借用証書を提出したこと及び本件借用証書に利率の記載がないことは当事者間に争いがないところ、原本の存在及びその成立に争いのない乙第八号証及び証人高橋篤弘の証言並びに弁論の全趣旨によれば、本件借用証書は、税務調査の着手後しばらく経過してから會谷住職が西新井税務署に持参したものであること、その記載内容と税務調査開始当初の會谷住職の説明とに食い違いがあること、記載されている貸付金額は、本件入金の額とも、本件投資信託の売却額ともまた本件会議録に記載のある金額とも異なる一八〇〇万円であること、原告が西新井税務署に持参した当時は、作成日付の記載がなかったことが認められ、右各事実によれば、本件借用証書は、税務調査の開始後に作成されたものと推認することができ、これをもって貸付けの事実を証するに足りない(なお、右各証拠によれば、本件借用証書には右のように利率の記載がないのに、利息を毎月三一日限り支払うべきことが特に記載されており、元金はおよそ三〇年後の二〇一六年一一月三一日に一括して返済することとされていることが認められ、これらの点は、本件借用証書それ自体もそれが実在の金銭消費貸借契約の証書であると考えると不自然といわざるを得ない。)。

さらに、宗教法人文彰寺規則では、原告の事務は、責任役員の定数の三分の二以上で決することとされ、また、原告が所有する有価証券、現金等は基本財産として、その貸付け等には総代の同意を得なければならず、さらに、代表役員と原告との利益が相反する事項については代表役員は代表権を有しないで、この場合には、責任役員及び総代の合議によって、仮代表役員を選定することとされていることは、当事者間に争いがない。しかして、原告の主張する原告から代表役員である會谷住職に対する貸付けについて仮代表役員が選任されていないことも当事者間に争いのない事実である(なお、仮に右貸付けについて會谷住職を除く全責任役員が賛成をしたとしても、原告を代表して右貸付け行為をすべき會谷住職と原告との利益が相反する以上、仮代表役員を選任すべきことは、右規則上明らかである。)

以上に述べたところによると、本件入金が貸付けであるとの原告の主張は、これを認めるに足りる証拠がないに帰し、到底採用することができない。

3  本件入金が賞与であることについて

原告代表者尋問の結果によれば、會谷住職は、自己の給与額を、父親であった先代の例を参考としながらも、自分で決定していたことが認められ、また、投資有価証券の売買は住職に任されているものと理解していたことが認められる。右事実に右1の事実及び右2に述べたところを総合すれば、本件入金は、會谷住職が個人の立場と原告代表役員としての立場を混淆し、気軽に原告の財産を個人の用に供してしまったものであるが、被告による税務調査がされることを知るに及び、税負担の軽減のため本件入金を原告から會谷住職への貸付けであるかのごとく糊塗したものと見るほかはない。そして、會谷住職が原告の財産を自己の個人の用に供することは、原告がその代表役員である會谷住職に対し、臨時に経済的利益を供与したものであって、臨時的給与すなわち賞与を支給したものと解するのが相当である。

四  本件告知処分及び本件賦課決定の適法性

以上のように、本件入金は會谷住職に対する賞与の支払と認定すべきところ、本件入金が賞与の支払だとした場合の源泉所得税及び不納付加算税が、それぞれ本件告知処分及び本件賦課決定と同額となることは当事者間に争いがないから、本件告知処分及び本件賦課決定はいずれも適法である。

五  結論

よって、原告の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 石原直樹 裁判官 佐藤道明)

別紙

本件納税告知処分等の経緯

<省略>

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